仕事をしていると、人からの評価が気になることがあります。
私も、昇進していく人や、目立つ部署で仕事をしている人を見ると、「評価されているんだな」と思うことはありました。
自分ももっと頑張ったほうがいいのかな。
そう思う一方で、頑張ればどうにかなることばかりでもありません。
やはり、能力の問題もあります。
仕事の速い人、判断力のある人、人をまとめるのが上手な人。
長く働いていれば、自分よりずっと優秀な人にもたくさん出会います。
私は同期の中では、ゆっくりと昇進してきたほうです。
この歳になった今、これから先の自分の立ち位置も、だいたい見えるようになりました。
でも不思議なことに、だからといって残念に思う気持ちは、以前ほどありません。
長く働くうちに、評価とは別のところで仕事をしている人たちを、たくさん見てきたからかもしれません。
目立たなくても、難しい仕事をしている人はたくさんいる
長く働いていると、華やかな評価には結びつかなくても、難しい仕事を黙々と担っている人をたくさん見ます。
特に私の記憶に残っているのは、何人かの女性たちです。
とても仕事ができるのに、
「私なんか表には立てません」
というようなスタンスで、長く仕事をしてきた人。
自分とは専門の違う人が多い職場で、周囲をサポートする仕事を続けてきた人。
重い案件や細かな仕事の多い部署で、部下の面倒も見ながら、次々にやってくる困難な仕事を乗り越えてきた人。
そういう人たちを見ていると、本当に頭が下がります。
もちろん、これは女性に限ったことではありません。
組織の中には、名前が表に出ることもなく、毎日の仕事を支えている人がたくさんいます。
むしろ、そういう人のほうがずっと多いような気がします。
職場を超えていろんな部署の人と交流していたら、このことにもう少し早く気づいていたのかもしれません(笑)。
誰かがやらなければ、仕事は回らない
私自身も昨年度、少ない人数でたくさんの仕事を回す部署にいました。
外から見ればそれほど目立つ仕事ではありません。
けれど、いくつもの仕事を同時に進めなければならず、余裕がなくなると確認が足りず、ミスをすることもありました。
本当に大変な1年でした。
以前は「組織の人間なんて、代わりはいくらでもいる」というような言われ方をすることもありました。
でも今は、どこの職場も人に余裕がなく、代わりの人を簡単に見つけられるわけではありません。
私が異動したあと、その仕事は後任の人が引き継いでいます。
その人も苦労しています。
でも、その人がいなければ、そこの仕事は回りません。
ただ、誰かがその仕事を引き受けている。
組織というのは、そんなたくさんの「誰か」の仕事で回っているのだと思います。
去年より、少し先が見えるようになった
今年度、私は別の部署に異動しました。
昨年度と同じような仕事をすることもあります。
ただ、今年は2回目です。
すると、仕事の見え方が違いました。
「そろそろ、あの仕事が来る頃だな」
と先を読める。
仕事が来ても、
「まずここを確認して、こういう裏付けを取って進めればいい」
と分かる。
昨年度は、何が起こるか分からないまま、目の前の仕事を必死でこなしていました。
でも今年になって、
「ああ、私、ちゃんと成長していたんだ」
と思いました。
これは、ちょっとうれしかったです。
評価には見えなくても、仕事は自分の中に残っている
以前、職場で「認められたい」と思う気持ちについても書きました。
→「50代になって、職場で認められたい気持ちとどう付き合うか」
でも、仕事の価値は、それだけでは測れないのだと思うようになりました。
毎月の仕事をきちんと回す。
細かな確認を積み重ねる。
誰かが困っていたら手を貸す。
一つ一つの仕事は、あまり目立ちません。
それでも、その一つひとつがなければ、組織は回っていきません。
そして、大変だった仕事は、終わってしまえば何も残らないわけでもありません。
経験したことは、自分の中に残っています。
去年は分からなかったことが、今年は分かる。
去年は慌てていたことに、今年は少し余裕をもって向き合える。
それは、誰かに評価してもらわなくても、自分には分かります。
この歳になって、ようやくそんなことに気づきました。
だから今は、自分のできることを、できる範囲で一生懸命やる。
結局、私にできるのはそれだけなのだと思っています。
そして、それでいいのかもしれません。
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