昨年度、私が管理職になったとき、直属の上司になったのは同期の女性でした。
管理職になるまでのことや、実際になってみて感じたことは、前の記事「昇進したくなかった私が、管理職になって分かった3つのこと」に書きました。
彼女と同じ職場で働くのは、これが2回目でした。明るく社交的な人ですが、とても気が強く、仕事もできる。これまで忙しい職場をいくつも経験してきた人で、自分に厳しいだけでなく、周囲にも同じくらいの水準を求めるところがありました。
直属の上司になると分かったとき、私の頭をよぎったのは、「私はこの人についていけるだろうか」という不安でした。
私は決してミスをしないタイプではありません。むしろ、うっかりしたミスをすることもあります。
「もしかすると、私はこの人の厳しい指導のターゲットになるのではないか」
そんなことまで考えていました。
関係が悪くなっていった秋
秋ごろ、大きなイベントが二つ続けてありました。
そのころには、私は上司の厳しい指導でかなり疲れていました。ただでさえケアレスミスをすることがあるのに、「また何か言われるかもしれない」という緊張から、かえってミスが増えるようになっていました。
また、私の部下には、とてもマイペースな職員もいました。家庭の事情もあって遅刻や急な休暇取得が重なることがあり、その職員への私の指導が甘いことも、上司にはたびたび注意されていました。
さらに、あるイベントに向けた準備も遅れていました。
毎日のように注意されるうちに、私は次第に「また叱られるのではないか」と思うようになり、報告することさえためらうようになりました。
会話が減れば、当然、上司には必要な情報が入らなくなります。すると上司はますますイライラし、私はますます話しかけにくくなる。
今振り返れば、完全な悪循環でした。
とうとう私は精神的に持たなくなり、一つ目の大きなイベントが終わったあと、1週間仕事を休むことになりました。
もちろん、その間の仕事は上司にもかかります。私が休んだことで、すでに余裕のなかった上司をさらに追い込むことになったのだと思います。
休みから戻ってきても、二人の関係はすぐにはよくなりませんでした。
そしてある日、私のミスを上司から厳しく叱責されたときのことです。
私の中で、何かがプチッと切れました。
「そういう言い方をされるから、何も言えなくなるんですよ」
初めて、上司に言い返しました。
「これでやっと、まともにしゃべれる」
すると上司は、
「ちょっと別室に行くよ」
と言って、私を別室に呼びました。
そこで上司は、私の仕事のどこに問題があるのかを、理路整然と指摘しました。
今振り返れば、上司の言っていることにも、もっともなところはあったのだと思います。
でも、そのときの私はそんなふうに冷静には考えられませんでした。頭に血がのぼっていました。
「私はあなたのように仕事ができないんだ」
「みんなが自分と同じくらい仕事ができると思ったら違うんだ」
そんなことを、私は懸命に訴えました。
決して格好のいい言い返し方ではありませんでした。それでも、それまで「また叱られる」と黙り込んでいた私が、初めて上司に自分の思っていることをぶつけた瞬間でした。
私が必死になって訴えたあと、上司は意外なことを言いました。
「あー、これでやっとあなたとまともにしゃべれるようになった」
その言葉を聞いて、私は少し驚きました。
苦しかったのは、私だけではなかったのかもしれない。
私は上司に叱られることを恐れて、報告が遅れ、必要なことまで話さなくなっていました。でも上司の側から見れば、何を考えているのか分からない部下を抱え、必要な情報もなかなか上がってこない。そんな状況だったのだと思います。
そういえば、そのころ上司は「めまいがする」「頭痛がする」と話し、病院にもかかっていました。
もちろん、その原因が私との関係だったのかは分かりません。
それでも今振り返ると、私が上司から大きなプレッシャーを感じていたのと同じように、上司もまた、うまく意思疎通のできなくなった私との関係に、少なからずストレスを感じていたのではないかと思います。
ぶつかったあと、関係が変わった
不思議なことに、その日を境に、上司とは普通に話せるようになりました。
私が意見を言えば、上司も耳を傾けてくれるようになりました。
もちろん、私のケアレスミスが突然なくなったわけではありません。
そんな私に、上司はこんなふうに言いました。
「自分の作った資料をチェックするのは、本当に退屈だと思うけど、やらないといけないんだよね」
これは本当にそのとおりでした。
私は資料を作り終えると、それだけでほっとしてしまうところがありました。でも、それからは「最後にもう一度見るところまでが仕事なんだ」と思って、自分の作った資料を落ち着いて見直すようになりました。
私の方も、上司の言葉を「また叱られた」と受け取るのではなく、仕事をするうえでのアドバイスとして聞けるようになっていきました。
そして、私が仕事に手間取っていると、上司がさっと手を貸して、先に進めてくれることも増えました。
あれほど怖かった上司が、いつの間にか、本当にありがたい存在になっていました。
「本当にいい1年だった」
年度末の異動で、私たちはそれぞれ別の部署へ行くことになりました。
私はその上司のおかげもあって、希望していた部署へ異動することができました。
3月の送別会で、上司と二人で話す機会がありました。
私はそれまで、人と本気でぶつかり合い、それをきっかけに関係がよくなる、という経験をしたことがありませんでした。
だから上司に、「本当にいい1年だった」
と伝えました。
すると上司は、
「それはよかった。『最悪の1年だった』と言われるかと思った」
と笑っていました。
振り返れば、本当に大変な1年でした。
上司の厳しさに疲れ、仕事に行けなくなり、ついには我慢できなくなって言い返したこともありました。
でも、あのときぶつからず、私が黙ったままだったら、最後までお互いに「分かり合えない人」のままだったかもしれません。
50代になって知った、人とぶつかるということ
50代になって、人間関係について一つ新しく知ったことがあります。
人とぶつかることは、必ずしも関係が壊れることではない、ということです。
もちろん、何でも言いたいことを言えばいいわけではありません。
でも、相手を怖がって何も言わなくなれば、相手にもこちらの考えていることは伝わりません。私と上司がそうだったように、お互いが相手に不満を抱えたまま、関係がどんどん悪くなってしまうこともあります。
あのとき私は、上手な言葉で自分の気持ちを伝えたわけではありません。むしろ、頭に血がのぼって必死に言い返しただけでした。
それでも、初めて本当のことを言ったことで、ようやく二人の会話が始まったのだと思います。
そして私自身も、上司の厳しさの向こう側にあるものを見るようになりました。
仕事に対する責任感。妥協しない姿勢。そして、困っているときには手を貸してくれる頼もしさ。
最初に抱いた「この人についていけるだろうか」という不安からは、想像もしなかった1年になりました。
今もその上司とは仕事上のつながりがあります。
時々、彼女から仕事の依頼が来ます。
すると私は今でも、
「おっ……」
と、少々ビクビクします。
あれだけ分かり合えたはずなのに、そこはあまり変わっていません。
そんな自分に、今ではちょっと笑ってしまいます。

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