仕事で嫌なことがあった日。
家に帰っても、
「あのとき、どうすればよかったんだろう」
「私の対応はまずかったかな」
「明日、どうしよう」
と、頭の中で仕事が続いていることがあります。
以前は、そんなとき家族に愚痴を聞いてもらっていました。
でも、聞かされる家族も大変です(笑)。
そこで今は、仕事のモヤモヤを家まで持ち帰ってしまったら、なるべくその日のうちに少し小さくしておくことにしています。
だいたい順番も決まっています。
まずAIと一緒に頭の中を整理する。
次にヒルティを読んで、少し達観する(笑)。
たまにはワインを少し飲む。
ドラマを見て仕事から離れる。
そして、早めに寝る。
これで問題そのものが解決するわけではありません。
でも、頭の中いっぱいに広がっていた仕事のモヤモヤが、寝るころには少し小さくなっています。
まずはAIと一緒に、頭の中を交通整理する
仕事で嫌なことがあった直後の私の頭の中は、かなり混乱しています。
実際に起きたこと。
自分が感じたこと。
相手はこう思っているのではないか、という想像。
明日はこうなるのではないか、という心配。
それらが全部ごちゃごちゃになっています。
そんなとき、今はAIと話し合います。
何があったのかを順番に書いているうちに、自分でも少しずつ状況が見えてきます。
「これは、私が働きかけること」
「これは、上司にお願いすること」
「これは、どうしようもないこと」
そして、
「これは、完全な私の思い込み(笑)」
ここまで分けられると、かなり気持ちが落ち着きます。
頭の中にあるときには、全部が自分で何とかしなければならない大問題のように感じていたのに、整理してみると、
「これは明日、上司に相談すればいい」
「これは今考えても仕方がない」
と分かることがあります。
特に私の場合、相手がどう思っているのかを勝手に想像して、まだ起きてもいないことまで心配していることがあります。
それに気づいて、
「これは事実ではなくて、私の想像だった」
と分かるだけでも、ずいぶん違います。
AIに問題を委ねるというより、頭の中に散らばっているものをいったん全部テーブルの上に出して、一緒に仕分けてもらう。
私にとっては、そんな使い方が一番合っているようです。
次はヒルティを読んで、少し達観する(笑)
AIと一緒に頭の中を整理すると、
「明日、自分がすること」
はだいたい見えてきます。
でも、それで気持ちまですっかり晴れるとは限りません。
仕事で失敗した日。
思うようにいかなかった日。
自分が情けなくなった日。
そんな夜には、ヒルティの『幸福論』を開きます。
ヒルティの思想はとても広く、ここで触れるのはほんの一部です。
その中でも、私は、
他人の目には敗北に見えるようなことでも、その後どんなよい形で自分に戻ってくるかは分からない。
人生にとって大切なものは、成功や強さという分かりやすい形で現れるとは限らない。
そんな考え方を、特に大切にしています。
その日には、
「失敗した」
「うまくできなかった」
としか思えない出来事もあります。
でも、その経験がこの先どんな形で生きてくるのかは、今の自分には分かりません。
何年かたって振り返ったとき、
「あの経験があったから、分かったことがある」
と思う日が来るかもしれません。
そう考えると、
「今日起きたことの意味を、今日中に決めなくてもいいのかもしれない」
と思えてきます。
ヒルティを少し読んだら、ノートにその日気づいたことを一言だけ書きます。
心に残ったことを、一言書いておくだけです。
AIで目の前の問題を整理して、ヒルティを読んでもう少し遠くから眺めてみる。
そうすると、さっきまで頭の中をいっぱいにしていた出来事が、少しだけ小さく見えてきます。
完全に達観できるわけではありません。
だから「少し達観する」です(笑)。
そこまできたら、仕事から離れる
頭の整理をして、ヒルティも読んだ。
そこまでやったら、もうその日の仕事について考えるのはおしまいにします。
たまにはワインを少し飲みます。
そして、ドラマを見ます。
最近好きなのは『グレート・ブリティッシュ・ベイクオフ』。
お菓子やパン作りに奮闘している人たちを見ると、それまで頭を占領していた仕事のことから、いつの間にか離れています。
一方で、仕事を描いた韓国ドラマを見ることもあります。
『ミセン』のように、働く人たちが悩んだり、失敗したり、それでもまた次の日に職場へ向かったりするドラマです。
不思議なのですが、そういう姿を見ていると、
「みんな、いろいろあるよね」
と思えてきます。
そして、
「まあ、私も明日も粛々と進めよう」
という気持ちになるのです。
問題が解決したわけではありません。
でも、それで十分です。
最後は、早めに寝る
そして最後は、早めに寝ます。
これが一番大事かもしれません(笑)。
夜になると、昼間ならそれほど気にならなかったことまで、大きな問題のように感じることがあります。
そんな時間に、
「明日はどうなるんだろう」
と考え続けても、たいてい答えは出ません。
明日考えればいいことは、明日の自分に任せる。
今日の自分の仕事は、もう終わりです。
そして朝になると、前の晩にはあんなに大きく感じていたことが、
「まあ、なんとかなるか」
くらいになっていることもあります。
休日には、歩きながら考える
休日には、ときどき散歩をします。
歩きながら、仕事のことや、そのとき気になっていることをぼんやり考えます。
すると不思議なことに、頭の中でずっと絡まっていたものが、すーっと整理される瞬間があります。
「ああ、そういうことだったのか」
「これは、もう考えなくてもいいな」
机に向かって一生懸命考えているときには出なかった答えが、歩いているとふっと出てくることがあります。
何かを解決しようと思って歩いているわけではありません。
歩いているうちに、いつの間にか頭の中にも少し余白ができている。
私にとって散歩は、そんな時間なのだと思います。
モヤモヤを、全部なくさなくてもいい
仕事をしていれば、嫌なことはあります。
何十年働いていても、うまく対応できなかったと落ち込むこともあれば、人間関係でモヤモヤすることもあります。
以前の私は、そんな気持ちから逃げ出してしまいたいと思っていました。
でも今は、ひとまずAIと一緒に頭の中を整理する。
ヒルティを読んで、少し遠くから眺めてみる。
好きなものを見て、仕事から離れる。
そして、早めに寝る。
休日なら、歩いてみる。
そうしているうちに、あんなに大きく見えていた出来事が、少しずつ小さくなっていきます。
今日起きたことの意味を、今日中に決めなくてもいい。
明日の自分がなんとかできるくらいまで、モヤモヤを少し小さくしておく。
今の私には、それくらいがちょうどいいようです。
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