私はずっと、リーダーというのは、人を引っ張っていける人のことだと思っていました。
世の中には、気がつくと人の輪の中心にいて、自然に場を仕切っている人がいます。
誰かが決めなくてはいけないときには、
「じゃあ、こうしましょう」
と声を上げ、周りの人もなんとなくその人についていく。
私が思い描いていた「リーダー」は、そんな人でした。
一方、私は一人でいるのが好きです。
大勢の中で中心になるより、できればひっそり隅にいたい。
だから若いころは、自分が人をまとめる立場になる姿など、ほとんど想像できませんでした。
以前、そのことをある上司に話したことがあります。
すると、その上司は、
「誰だって、ひっそり生きていきたいものだ」
と言いました。
私は少し驚きました。
その上司は女性としてかなり昇進していった人で、私から見れば、まさに人の上に立つことのできる人だったからです。
でも、その上司が昇進の内示を受けたと思われる日に、泣いている姿を見たことがあります。
今になって思うと、リーダーになる人がみんな、前に出ることが好きなわけではない。
責任のある立場になることを、最初から望んでいるわけでもない。
自分から望んでリーダーになる人もいれば、思いがけずその役割を担うことになる人もいる。
そんなことが分かってきたのは、私自身が人をまとめる立場を経験するようになってからでした。
「3人の子育てをしたから大丈夫」ではなかった
まだ若かったころのことです。
私が、自分よりずっと年上の男性数人を取りまとめるリーダーになることが決まりました。
そのとき、上司から何度も言われた言葉があります。
「あなたは3人の子育てをしているのだから、自信をもってその仕事に取り組めばいいんだよ」
私はその言葉を聞きながら、
「子育てと仕事って、どういう関係があるの?」
と不思議に思っていました。
子どもを3人育てたことと、年上の男性たちをまとめることが、私の中ではまったく結びつかなかったのです。
そして実際にその仕事に就いてみると、やはり大変でした。
それぞれに自分の考えがあり、自己主張も強い。
一人から苦情を聞いたと思ったら、今度は別の人から違う苦情を聞く。
あちらの話を聞けば、
「確かにそうだな」
と思い、こちらの話を聞けば、
「こちらの言い分も分かる」
と思う。
そのうち、私はどうすればいいのか分からなくなってしまいました。
結局、私はその仕事がつらくなり、異動願いを出し、最後にはしばらく仕事を休んでしまいました。
ずいぶん後になってから、そのポストは男性でも避けたがるところで、やむを得ず私に回ってきたらしい、と聞きました。
「それなら最初に教えてよ」
と、ちょっと思いました(笑)。
だから、この経験を「子育て経験を生かして、難しい仕事を見事に乗り越えました」という話にすることはできません。
失敗もしましたし、逃げ出しもしました。
でも、それからいろいろな立場で仕事をし、今になって振り返ると、あの上司が言っていたことが少し分かるような気がします。
子育ても、いつもこちらの思いどおりに進むわけではありません。
相手には相手の気持ちがあり、こちらが正しいと思うことを言えば、その通りに動いてくれるわけでもない。
時には収拾がつかなくなり、それでも次の日になれば、また続きをやる。
上司は、「3人の子どもを思いどおりに動かしてきたのだから、人をまとめるのもうまいはずだ」と言いたかったわけではないでしょう。
思いどおりにならない相手と長い間向き合ってきた経験が、仕事でもきっと役に立つ。
だから自信を持ちなさい。
あの言葉には、そんな意味があったのではないかと、今は思っています。
意外と苦にならなかったこと
そんな経験があったので、私は長い間、人をまとめる仕事には向いていないと思っていました。
ところが、その後いろいろな立場を経験してみると、意外と苦にならないこともありました。
たとえば、小さな子どもを育てている職員から、
「少し早く出勤して、その分早く帰りたいです」
「昼休みを短くして、早く帰る制度を利用したいです」
と相談されたとき。
私は、それらの制度を調べたり、必要な提出書類について説明したりすることを、それほど面倒だとは思いませんでした。
むしろ、
「どうすれば、この人が働きやすくなるだろう」
と考えることは、嫌いではありませんでした。
また、職員との面談で、仕事の悩みを聞くこともそうです。
すぐに解決策が見つかるわけではありません。
それでも、話を聞いて、
「それは大変だったね」
と一緒に考えたり、少し励ましたりする。
そして最後に、
「聞いてもらってよかった」
と言ってもらえると、私もうれしくなります。
若いころの私は、「人をまとめる」というのは、先頭に立って、
「みんな、こっちについてきて」
と引っ張ることだと思っていました。
でも実際にやってみると、人をまとめる仕事には、それだけではない役割がありました。
困っていることを聞く。
必要なことを調べる。
働きやすいように環境を整える。
話を聞いて、一緒に考える。
そういうことなら、私にもできました。
そして、そんな仕事をしていると、ときどき昔の上司の言葉を思い出します。
「3人の子育てをしているのだから、自信をもって取り組めばいい」
当時はさっぱり意味が分かりませんでした。
でも、誰かを強く引っ張るのではなく、その人が自分で動いていけるように支える。
上司が私の中に見ていたのは、案外こういうところだったのかもしれません。
それでも、調整は今も苦手です
もちろん、人をまとめる仕事が何でもできるようになったわけではありません。
今でも私が苦手なのは、意見の違う人たちの間に入って調整することです。
こちらの話を聞くと、
「なるほど。その言い分も分かる」
と思う。
反対側の話を聞くと、
「確かに、こちらにも事情があるよね」
と思う。
両方の気持ちが分かってしまい、みんなに「いい顔」をしようとして、かえって収拾がつかなくなることがあります。
特に、声の大きい人や強く主張する人がいると、そちらに引っ張られがちです。
これは若いころから、あまり変わっていません。
それでも、昔と少し違うところがあります。
以前の私は、間に入った以上、
「なんとか自分でまとめなければ」
と思っていました。
今は、まず少し考えます。
「これは、話し合えばまとまる話なのか」
「それとも、そもそもお互いの立場が違っていて、平行線になりそうな話なのか」
後者なら、無理に自分一人でまとめようとせず、上司に出てもらうこともあります。
そして、急いで結論を出す必要がないことなら、その場で決着をつけようとしません。
一晩置いてみる。
自分も少し頭を冷やす。
相手にも、少し考える時間ができる。
そして翌日、もう一度話してみます。
それだけで、前の日にはどうにもならないと思っていた話が、意外とすんなり進むこともあります。
その場で堂々と意見を整理して、
「では、こうしましょう」
と決められる人を見ると、今でもすごいなと思います。
でも、私はたぶん、そういう人にはなれません。
急がなくていいことなら、少し待つ。
自分だけで難しければ、人に助けてもらう。
気の小さい私でも、それくらいならできます。
そして長く仕事をしてきて、それでもいいのではないかと思うようになりました。
あなたが思っているようなリーダーにならなくてもいい
若いころの私は、リーダーになる人というのは、みんなの前に立って、迷わず方向を示せる人だと思っていました。
だから、自分には向いていないと思っていました。
実際、初めて年上の人たちをまとめる立場になったときには、うまくできませんでした。
異動願いを出し、最後には仕事を休んで、しっかり逃げ出しました(笑)。
それから長い時間がたちました。
今でも私は、声の大きい人に引っ張られることがあります。
みんなの言い分を聞きすぎて、どうしたらいいのか分からなくなることもあります。
それでも、昔とは少し違います。
困っている人の話を聞くこと。
必要なことを調べること。
その人が働きやすいように環境を整えること。
すぐに答えを出さず、一晩待ってみること。
自分一人では難しいときには、誰かに助けてもらうこと。
そんなやり方でも、人をまとめる仕事はできるのだと分かってきました。
もし、若いころの私に一言かけるとしたら、
「あなたが思っているようなリーダーにならなくても大丈夫」
と言いたいです。
人の輪の中心にいなくてもいい。
何でもその場で決められなくてもいい。
自分の性格を無理に変えなくても、自分にできるやり方を少しずつ見つけていけばいい。
昔、上司に、
「誰だって、ひっそり生きていきたいものだ」
と言われたとき、その意味はよく分かりませんでした。
この歳になった今なら、少し分かるような気がします。
ひっそり生きていきたい人が、必要に迫られて人の前に立つこともある。
そして、そんな人なりのリーダーのあり方もあるのだと思います。
※以前にも、リーダーになることへの不安について書いたことがあります。
→「昇進が不安な女性へ。自信がなくてもリーダーになれる5つのポイント」
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