50代になって、職場で認められたい気持ちとどう付き合うか

仕事

職場で上司から、

「この文章、うまくまとまっているね」

と言われると、今でも素直にうれしいです。

最近はAIに相談しながら仕事をすることも増えましたが、そうやって作った資料や文章は、なぜか上司によく褒められます(笑)。

57歳になったからといって、「人から認められたい」という気持ちがなくなったわけではありません。

でも、若いころと比べると、その気持ちとの付き合い方はずいぶん変わったように思います。

以前の私は、「相手は私をどう思っているだろう」「どうすれば評価されるだろう」と、人の反応を気にすることが今よりずっと多い人間でした。

振り返ってみると、その始まりは、子どものころまでさかのぼるのかもしれません。

私は、母や先生が喜ぶ「正解」を見つけるのが、得意な子どもでした。

母や先生が喜ぶ「正解」を見つけるのが得意だった

私の母は、とても自信のある人でした。

私に対する期待も大きく、「こんな女性に育ってほしい」という理想像をかなりはっきり持っていたように思います。

物静かで、優秀で、謙虚であること。

そんな女性になるよう、私はかなり厳しくしつけられました。

子どものころの私は、勉強も得意な方で、母や先生が何を求めているのかを察することも、それほど苦手ではありませんでした。

「ここまでできれば褒められる」

そんな「正解」が、なんとなく分かったのです。

そして、その通りにすれば実際に褒められることも多かった。

今振り返ると、

期待されていることを察する。

それに応える。

認められる。

というやり方を、私はずいぶん早い時期に身につけていたのかもしれません。

子どもの世界では、この方法はとてもうまくいきました。

ところが、社会に出ると、そう簡単ではありませんでした。

ところが、仕事では同じやり方が通用しなかった

社会人になってからも、私はどこかで「相手が求めていることに応えれば、認められる」と思っていたように思います。

でも、仕事では、相手に気に入られようとすることが、そのまま評価につながるわけではありませんでした。

むしろ大切だったのは、自分の担当する仕事についてしっかり調べ、自分なりの考えを持ち、それを自信をもって伝えることでした。

以前、ある上司からこんなことを言われたことがあります。

「あなたの担当業務については、あなたがこの職場で一番詳しいはずなのよ」

今なら、その言葉の意味がよく分かります。

でも、当時の私にはあまりピンときませんでした。

そのころの私は、与えられた仕事をできるだけ早くこなすことに気を取られていました。

仕事は滞りなく終わらせたい。余計な仕事は増えてほしくない。

そして、経験したことのない仕事や、自分で考えて道をつくる必要がある場面に出会うと、

「私にはできない」

と怖くなり、できればそんな仕事には出会いたくないと思っていました。

仕事について深く考えるよりも、「分かったつもり」で仕事をしていたのだと思います。

それでは、自分の成長にはつながりませんでした。

30代の私には、それしか道がなかった

ただ、今の自分から振り返って、

「あのころ、もっと仕事にじっくり向き合えばよかった」

と30代の自分を責める気持ちはありません。

当時の私は、子育ての真っ最中でした。

毎日、仕事を終えたらできるだけ早く帰る。それが何よりも優先でした。

仕事を深く掘り下げたり、新しいことに手を広げたりする余裕は、あまりなかったように思います。

あのころの私には、それしか道がなかった。

今はそう思っています。

ただ、同じ職場には、仕事にじっくり取り組み、少しずつ実力を伸ばしている人たちもいました。

当時の私は、そんな人たちを見ると、自分と比べて焦ったり、「私にはできない」と思ったりしていたのかもしれません。

でも今振り返ると、少し違う見方もできます。

自分にはできないことができる人たちが周りにいて、その人たちと協力しながら一つの仕事をしていた。

そのこと自体を、もっと楽しめばよかったのだと思います。

生活が少しずつ落ち着いて、自分にも仕事に向き合う余裕ができたときに、自分なりのペースで成長していけばいい。

今なら、30代の自分にそう言ってあげたいです。

「勉強になった」ではなく、「ショックを受けた」上司

これまでの仕事人生を振り返ると、私にいろいろなことを教えてくれた上司が何人かいます。

まだ仕事が十分にできなかったころ、私の仕事まで引き受けながら、仕事の進め方を見せてくれた上司。

若いころから私をかわいがり、褒めて伸ばそうとしてくれた上司。

それぞれの人から、たくさんのことを学びました。

でも、私の仕事に対する考え方に最も大きな衝撃を与えたのは、昨年度まで一緒に働いていた上司でした。

以前の記事にも書いた、私にとってはかなり厳しい上司です。

その人は、とにかく実行力のある人でした。

必要なことは徹底的に調べる。資料を作るときも妥協しない。自分がそれまで興味を持っていなかった分野でも、仕事に必要ならとことん学ぶ。

そして、自分の考えをしっかり持ち、必要な場面でははっきりと意見を言う。

何より私が驚いたのは、自分の仕事に誇りを持っていることでした。

その仕事ぶりをすぐそばで見ることは、私にとって「勉強になりました」という程度のものではありませんでした。

むしろ、

「私は今まで、仕事にこんなふうに向き合ったことがあっただろうか」

と、ショックを受けました。

若いころの私は、自分自身がまだ何者でもないのに、どこか仕事というものを軽く考えていたように思います。

与えられた仕事をきちんとこなして、できるだけ早く終わらせる。それで十分だと思っていました。

けれど、その上司は違いました。

一つの仕事にも背景があり、積み重ねがあり、そこには自分が責任を持って考えるべきことがある。

その上司は、自分に任された仕事に誇りを持ち、とことん向き合っていました。

その姿を間近で見て、私は初めて、

「仕事に向き合うというのは、こういうことなのかもしれない」

と思いました。

「仕事をこなす」から、「仕事を理解する」へ

その上司と一緒に働くようになってから、私自身の仕事の仕方も少しずつ変わっていきました。

以前なら、「この仕事を期限までに終わらせるにはどうすればいいか」をまず考えていました。

もちろん、今でも期限を守ることは大切です。

でも、それだけではなく、

「この仕事は、そもそも何のためにあるのだろう」

「前任者や、その前の担当者は、どんなことを考えながらやっていたのだろう」

「どんな背景があって、このやり方になったのだろう」

「法的な根拠はどこにあるのだろう」

と、一歩踏み込んで考えるようになりました。

そうすると、同じ仕事でも見え方が少し変わってきます。

言われたことをそのまま処理するだけではなく、

「私はこう考えます」

と、自分の意見を持つことも少しずつできるようになりました。

そこで、ずいぶん昔に上司から言われた言葉を思い出します。

「あなたの担当業務については、あなたがこの職場で一番詳しいはずなのよ」

若いころの私には、いまひとつピンとこなかった言葉です。

でも今なら、よく分かります。

その仕事の担当になれば、周囲からは、その業務について一番詳しい人として見られます。

分からないことがあれば調べる。過去の経緯をたどる。必要なら人に聞く。そして、自分なりに考える。

「前からこうしているから」ではなく、なぜそうするのかを説明できるようにする。

そして、必要な場面では、

「私はこう考えます」

と、自分の意見を言えるようにする。

それが、担当として仕事を引き受けるということなのだと、今は思っています。

50代になってようやく、昔の上司が言いたかったことが分かるようになりました。

「これは私のやる仕事だ」と思えるようになった

最近、職場である課題に取り組むことになりました。

もともとは上司から話が出たことがきっかけです。

簡単に答えが出るものではなく、資料を集め、根拠を調べ、どう説明すれば相手に伝わるのかを考えながら進める必要があります。

若いころの私なら、

「また仕事が増えた」

「できれば誰かにやってほしい」

と思っていたかもしれません。

でも今回は、上司から話が出たとき、

「それはやるしかないな」

と思いました。

日ごろ一緒に働いている人たちは、それぞれ専門性を持ち、難しい仕事にも粘り強く向き合っています。

その仕事が誰かの役に立っていることも、そばで見ている私は知っています。

今回の課題は、そんな人たちが安心して仕事を続け、力を発揮できる環境を整えることにつながるものでした。

そして今の私は、仕事をする人たちを支え、職場全体がうまく回るように考える立場でもあります。

そう考えたとき、

「これは私のやる仕事だ」

と思いました。

もちろん、

「これをきちんとやり切れば、自分の仕事として評価されるかも」

という気持ちも、少しはあります(笑)。

人から認められたい気持ちが、なくなったわけではないのです。

でも、若いころとは順番が少し変わりました。

認められるために仕事をするのではなく、まず、自分が意味があると思う仕事にきちんと向き合う。

その結果として評価されたら、やっぱりうれしい。

今は、それくらいの付き合い方がちょうどいいように思っています。

「どう評価されるか」より、「何を学べるか」

今の上司は、感情の起伏をあまり表に出さない人です。

誰かを大きく褒めることも、反対に、落胆した様子を見せることもあまりありません。

静かに、じっくりと考えながら、やるべき仕事を一つずつ確実に進めていく人です。

その仕事ぶりを見ていると、

「あー、私はまだまだだわ」

と思うことがよくあります。

不思議なことに、そんな上司に対して「評価されたい」とは、あまり思いません。

それよりも、

「こういう仕事の進め方もあるんだな」

「ここは私も見習いたいな」

と思うことのほうが増えました。

若いころの私は、上司を見るとき、

「この人にはどう評価されるだろう」

ということを、今よりずっと気にしていたように思います。

でも今は、

「この人の仕事から、私は何を学べるだろう」

と考えることが多くなりました。

考えてみれば、仕事人生の中で出会った上司たちは、それぞれ違うことを私に教えてくれました。

仕事の進め方を見せてくれた人。

褒めて、自信をつけてくれた人。

仕事に誇りを持つとはどういうことかを、強烈に見せてくれた人。

そして今、静かに、確実に仕事を進める姿を見せてくれている人。

誰かに認めてもらうことばかりを気にするより、こうして周りの人の仕事から学べることのほうが、ずっと面白い。

50代になって、ようやくそんなふうに思えるようになりました。

30代の私に伝えたいこと

もし今、30代のころの自分に会えるなら、こう言いたいです。

あのころのあなたは、それでよかったよ。

今は、仕事よりも優先しなければならないことがたくさんある。

でも、周りを見てみて。

じっくり仕事に取り組み、実力を伸ばしている人たちがいる。

「私にはできない」と思わなくてもいい。

そんな人たちと一緒に仕事ができることを、もっと楽しんでいいんだよ。

そして、生活が落ち着いたら、そのときからまた、自分なりに成長していけばいい。

追いつけなくてもいい。

57歳になった私だって、今でも、

「あー、私はまだまだだわ」

と思いながら働いているから。

人に褒められれば、今でもうれしい。

評価されそうな仕事なら、ちょっと期待もする(笑)。

「認められたい」という気持ちは、たぶんこれからもなくならないのでしょう。

でも、それでいいのだと思います。

誰かに認めてもらうことを一番の目的にするのではなく、自分が意味があると思う仕事に向き合う。

周りの人から学びながら、自分なりに少しずつ成長していく。

そして、その結果として誰かに認めてもらえたら、素直に喜ぶ。

50代の今は、「認められたい」という気持ちと、それくらいの距離で付き合っていけたらいいなと思っています。

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